辻山秀文のお約束 安全で安心して暮らせるまちづくり、心のふれあいのあるまちづくり、伝統を重んじ希望のもてるまちづくり

更新情報

- 市政レポート(No37) -

市政レポート令和3年1月(No37)⇒ 令和3年1月(No37)

【記載内容要約】

緊急奨学支援金事業について質問⇒当初見込みより70人多い426人へ支給

《くらしの相談》

・桜町交差点の右折レーンの延長(渋滞緩和)

・桜井駅前横断歩道の啓発看板設置(交通安全対)

《お知らせ》

安城厚生病院の新棟建設について

《活動報告》

令和3年度 当初予算編成に関する要望書を提出(71項目を要望)

76年前の1月13日に三河地震が発生し多くの方の尊い命が失われました。私が住んでいる桜井の藤井町には三河地震の追憶之碑が碑が祀られています。桜井に住んでいても知らない方も多くお見えになると思うので、過去の震災経験から学ぶことも多くあり忘れないようにしたいと思っています。

三河大地震は1945年(昭和20年)1月13日日午前3時38分ごろに、マグニチュードM7.1の直下型大地震が三河地方に発生し大被害を与えました。

 ホームページで三河地震を調べると、内閣府の防災情報のページに、1944年(昭和19)年12月7日に発生した東南海地震、1945(昭和20)年1月13日に発生した三河地震は、第二次世界大戦の敗戦濃厚となった時期に発生した地震です。
東南海:自身と三河地震をあわせた被害規模は、死者・行方不明者が約3,500人、住家・非住家全壊が約5万棟にのぼったが、特に名古屋重工業地帯の被害は甚大で、軍事機をはじめとする軍需生産能力にも大きく影響したといわれている。このため、地震に関する調査資料は極秘とされ、戦時報道管制の下、被害に関する報道も厳しく統制された。

 三河地震の被害は合計死者数2,306名、負傷者3,866名、住家全壊7,221戸と、大変大きな被害でした。30年以内にはこの地方でも南海トラフ巨大地震が発生すると言われています。過去の教訓を忘れずに、万一の大震災に備え被害を最小限にできるように減災対策を進め、日頃から地震に対する準備をしたいと思います。

 阪神淡路大震災、東日本大震災、胆振東部地震など日本の各地で大震災が発生しており、過去の教訓を忘れず今後の減災対策に活かすために今朝、安城市藤井町にある三河地震追憶之碑にお参りさせていただきました。

- ABK♡いちじく大作戦 -

 2020年12月19日(土)午後1時19分、三河安城駅中央ロータリーからアンフォーレを目指し、さわやか笑顔クリーンウォークが開催され参加しました。13区の衆議院議員大西健介代議士も三河安城駅からアンフォーレまで、参加者とともに道路や歩道に落ちているゴミ拾いをされました。前回は9月19日(土)のワールドクリーンアップデー2020に参加しゴミ拾いを行いましたが、3か月でまた多くのゴミが捨てられていました。一部のマナーの悪い人の行いで街の美観、環境を損ないます。一人一人の心がけと行動できれいな街を目指したいと思います。

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